<前回からのつづきです>
※注意事項:僕は平素からヴィーガンの方々の理念や活動を心からリスペクトしております。このシリーズは決してヴィーガンの方々を否定するためのものではなく、あくまでも魂的な見地から俯瞰的 及び 本質的に動物たちの命について考察したものです。予めご了承の上、どうかフラットな目線でご一読頂ければ幸いです。
守護霊『まずはお前たちが"畜産動物"の肉を食べる場合についてだが…
実はそもそも"畜産動物"として生きる動物たちは、そういった"食べられる役割"を持って生まれた魂たちなんだ( ̄Д ̄)ノ
お前たち人間同様に、動物たちも予め"課題=カリキュラム"を決めて生まれて来るんだよ。
そして…
地球上では人間のみならず、常時様々な"食べる側"と"食べられる側"がそれぞれの"役割"を持ち、各々の生物たちがそれぞれの役割を全うしている。
確かに人間は"必要以上に"食べたり、残したりといった問題を抱えている生き物ではあるし、そこに対しては改善すべき余地がある。しかし、“畜産動物”を食べること自体は、食物連鎖の一部であることは事実なんだ。
例えばライオンが狩りで得た獲物を食べたり、大きな魚が小さな魚を飲み込むのを誰も"悪"とは思わないだろう??
端的に言うとそれと同じなんだよ。
だから"食べられる役割"を持った動物を"食べるべき動物"が食べること自体は、“悪いカルマ”(業)にはならないんだ( ̄Д ̄)ノ』
僕「でもさ、例えばヴィーガンの方々が言うように、"人間は動物を食べなくても生きていけるのだから、わざわざ苦しい思いをさせて殺してまで食べる必要がない"ていう意見もあるわけじゃん??(=゚ω゚)ノ」
守護霊『そこが極めて微妙な部分なんだよ( ̄Д ̄)ノ
だって人間に限らず、例えばサバンナとかで肉食獣たちに"食べられる側の動物たち”だって、そういった意味では皆苦しんで死んでいくんだぞ??
そしてその【苦しみ】こそが魂の修行になるんだ。
てことはその【苦しみ】が無ければ魂は成長しないんだよ。
それは"畜産動物"にしても同じことが言えるわけ。人間に"食べられる"という役割を果たすことで、その役目を背負っている動物たちの魂は成長するようになっているから、酷かもしれないが、“適切な【苦しみ】”であれば、それは"必要なもの"だと言えてしまうわけなんだ。
但しさっきも言ったが、"畜産業"に従事する企業や人々が、感謝の心を持たずに、効率だけを考え、必要以上に苦しめた上で無慈悲に動物の命を扱うことはまた"別の問題"だけどな( ̄Д ̄)ノ』
僕「つまり食べる側と食べられる側にそれぞれ"定められた役割"があるってことだよね…(=゚ω゚)ノそしてその"自然の摂理"に即していること…つまりは"必要なこと"は“悪いカルマ(業)”にはならない…!!!」
守護霊『その通り。その観点で言えば、"ペットになる動物"の魂は、そもそも"食べられるという役割"を持っていないんだよ。要するに"食べられる役割"を持っていないもの…またはその必要性のない存在を敢えて食べる、というのは、それが何であろうとも基本的に"自然の摂理"に反するわけ( ̄Д ̄)ノ
そんでもって"この世=地球"の生命の循環(サークル・オブ・ライフ)は、完璧で接妙なバランスの上で成り立っているから、その"バランスを乱すような行い"をすると、それは“悪いカルマ(業)”として判断されてしまうのだよ( ̄ー ̄)
だってそうだろう!?
例の企画の話で言えば、"この世"には確りと"食べたれる役目"を背負った存在がいるのに、わざわざ個人で"ペット"を"畜産用"として育てた後にその動物を殺し食べる…ましてやそれを見せ物にする必要などあるか??
あそこまで度を過ぎれば、実際に食べたか食べていないのかの問題では済まない。"必要性が無い"にも関わらずそんなことをする、またはしようとする、それを匂わせるのは単純にその裏に人間の極めて自分本位な【私欲】があるからに過ぎないのだ。
どれだけ大義名分や偽善をかざして多くの人間たちを騙せたとしても、霊界ではそんな"小細工"は断じて通用しないからな( ̄Д ̄)ノ
むしろ“取り繕った分”の代償を余分に払うことになる。
愛情を持って育てられた"畜産動物"の命を感謝して頂く
のと
わざわざ食べるために"ペット"として育てて、その命を奪う
のでは、同じように見えて全く質が違うんだよ。
どちらの方の命が上とか下とか、同じとかそうゆう問題じゃないんだ。
お前たちが本来持っているはずの"感覚"をよく研ぎ澄ませて感じてみるといい。
その"違い"はお前たちがしっかりと"感覚"を感じさえすれば、ハッキリと判るはずだ( ̄Д ̄)ノ』
僕「なるほど。ただそれって、言葉や論理で語るのはとても難しい話だよね(O_O)」
守護霊『まぁでも考えてもみろよ。もしもお前が畜産業に従事する人間だとしたらさ、好き好んで日々動物たちを殺すと思うか??( ̄Д ̄)ノ』
僕「いや、断じてそんなことは。むしろ僕はそんな仕事を立派に全う出来るかどうか…(O_O)」
守護霊『そうだろう??そういった仕事に就いている方々だって、皆が好き好んで殺生をしているわけではないのだ。誇りと責任、そして覚悟や愛情を持って"食べられることになる動物たち"と接している人たちだって沢山いるんだよ( ̄Д ̄)ノ』
僕「うんうん…(=゚ω゚)ノ」
守護霊『そんな"尊い仕事"とあの私欲に塗れた企画が、霊界で"同じ扱い"になるわけがないだろう( ̄Д ̄)ノ』
僕「そ、そうだよね…( ̄∇ ̄)(筋斗雲さん珍しくバッサリ斬り捨ててる、、笑)」
守護霊『さて、ここいらでちょくちょくワードが出ているヴィーガンの方々に関する話に移っていこうと思うが…( ̄ー ̄)
勿論、畜産動物の"肉を食べる"こと自体が“悪いカルマ(業)”にならないからといって、動物たちを思いやり"食べない"という選択をされているヴィーガンの方々の理念だって、それはそれで尊重されるべき心掛けであり、否定はしない。
彼ら彼女らの中には真に動物や地球のためを思い、日々慈しみの心を育んでいる方々だっているのだからな。
その心や行いが"善いカルマ(業)"として評価される場合も充分に考えられるだろう( ̄ー ̄)
だが…』
僕「だが…!!??( ̄O ̄;)」
守護霊『そんなヴィーガンの方々であろうとも、例えばヴィーガンではない方々に対して“一方的に”攻撃したり、叩いたり、また強要したりしようとしてしまえば、残念だが"ヴィーガン"であることが"善いカルマ(業)"では無くなってしまうこともあるだろう( ̄Д ̄)ノ』
僕「複雑…ヽ(;▽;)ノ苦笑」
(つづく)
★とりあえず、やっぱり100ブタは霊界的にもアウトみたいです( ̄∇ ̄)
次回、ヴィーガン vs アンチ・ヴィーガン問題に切り込みます。
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